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読書感想文はいらない、必要ない?意味ないから廃止にすべき?強制的にやる意味を見つけるのは難しい

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読書感想文はいらない、必要ないという意見があるが、実際にやる意味はあるのか?廃止にすべきなのか?強制的にやらせることで読書嫌いを増やすといった部分についても書いてみました。

目次

読書感想文は必要ないという声も多い

感想文と言いながら、自由に感想を書かせてもらえない。本当に自由な感想を書いたら、何を言われるか?分からないし、問題児扱いされるでしょう。だから、読書感想文って、道徳の時間とかと同じじゃないか?と。ある1つの偏った価値観を植えつけようとする時間じゃないか?と思う。つまらないものにつまらないとは言ってはいけないわけだ。捏造した感想文に一体何の意味があるのだろうか?これが漫画OKなら良いと思うんだ。そして、漫画を好きに選ばせてくれると。そしたら、その漫画の良いところ、魅力を好きなだけ書くことができたはず。漫画ならば真の感想文を書ける児童や生徒が一気に増えると思う。今の読書感想文だと、文庫とか好きな人以外は苦痛でしかない。完全に嫌々やっているわけだが、何の意味があるんだろうか?学校と言うのは、意味のないことをやらないといけない場、それを学ぶ場みたいなことを書いている人もいたが、それをやり通すことで、一体何を得られるというのでしょうか?学校を卒業して、意味がないものをやらないといけない瞬間ってあるんですかね?

出典夏休みの宿題の読書感想文はいらない、必要ない、コピペで良い – 就職しないで、ブロガーになった人のBlog

読書感想文というのはいろいろな学校で夏休みの宿題として課されるものであって、それ自体が風物詩みたいになっている面もあるのですが、読書感想文はなんのためにあるのか?必要性はあるのか?というと、疑問視している大人は多いです。

読書感想文はいらないと思っている人も多いようですから。読書感想文は必要ないから廃止にすべきという声もあるくらいです。

読書感想文にはメリットはあるものの、そのメリットを子供が欲していないし、大人から見てもそのメリットがなぜ必要なの?と思うケースは多々あるようで、読書感想文を無理やり書かせるがために、読書嫌いになる子供が多くいるという話も聞きます。

読書感想文はそもそも自由に感想を書けるわけではなく、一言でつまらなかったと書いて終わらせたら、間違いなく再提出が待っており、反社会的なことや一般的に許容しえないような内容を書いたら、職員室に呼び出されて説教が待っているのでしょう。

もはや洗脳教育とも揶揄されそうなものが読書感想文を通じて展開されているのです。読書感想文を通じて何が身に付くか?というと、空気を読む力はつくかもしれないが、そんなものは読書感想文をやらなくても身に付けられる方法は他にもあるし、そもそも空気を読む力が身に付くから、有給休暇を取得できないとか、周りの目を気にして行動してしまう人を増やすわけで、必ずしも良いことではないと思います。

読書感想文はいらないとする人の声はそういった部分を反映しているということも考えられるのです。v

読書感想文は読書嫌いを増やす原因になっている

子供の頃に読書感想文を強制されたり、朝の10分間読書を強制されたりしたことで、読書に苦手意識が植えつけられてしまっている可能性があります。

全国的に取り組まれている読書感想文によって、将来の読書家が減ってしまっているといっても過言ではないかもしれないのです。

少なくとも、読書感想文が嫌だった、めんどくさかった、苦手だったという人は、多数派です。よって、子供の頃の読書感想文が、読書に苦手意識を植え付けている可能性は高いのです。

出典読書感想文によって読書家が少なくなっている可能性がある – てかてんの書斎

読書感想文が読書家を減らしているのでは?というマイナスの仮説を考察したところで、プラスの側面についても考えていきましょう。

子供の頃に読書をさせようとする取り組みの中で、読書感想文や朝の10分間読書で「運命の一冊に出会った」という人も中にはいます。

嫌々ながら読書に取り組みながら、読書の面白さに気づき、そこから読書好きになっていった人もいるからですね。

前述した通り、子供にとっては宿題や強制的にやらされることは楽しいものではありません。「やらされている」から嫌いになってしまうのです。

しかし、読書感想文や朝の10分間読書を、自発的に楽しめる子供もいますから、そういった子供達は、良いきっかけとして読書家の道を歩み始めるケースもあるということ。つまり、一概に読書感想文や朝の10分間読書が、悪い影響を与えているだけではないということです。

出典読書感想文によって読書家が少なくなっている可能性がある – てかてんの書斎

読書感想文というのは基本的に宿題として出されるので強制になります。読書感想文というのは強制されるという点が問題点となります。ここが読書感想文が必要ないという根拠になるのです。

なぜならば、強制されるものは自らやらないからこそ強制されている側面もあるので、本人がやりたがらないものをやらせることになっている可能性は高く、それによって読書嫌いを生んでいる可能性があるということになります。

本を読む時間がどんどん減ってみるみたいなニュースもありますけど、その原因の一端は読書感想文かもしれないのです。読書感想文の廃止を訴える人も多くいて、そういう人は読書感想文を強制されて自身が嫌な思いをしたということもあるのではないでしょうか?

実際、読書感想文それ自体が何か生産的な側面があるのか?というと、あまりないです。受験で役立つかもしれないくらいで、それで飯を食える人はまずいません。

実学の本を読ませるならば、そこから得た知識を将来的に生かしてお金を稼ぐということはできるかもしれませんが、小説とかだとそれが役立つ瞬間があるというのは、価値観が変わるとか、入試の現代文が解けるようになるとか、必ずしも必要とは言い難い部分でしか貢献ができない気がします。

実際に行われている読書感想文には意味がないと考えている人も多いようですが、読書感想文の必要性に関しては読ませている本のジャンルに関しても共通でしょう。

読書感想文がきっかけで本が好きになったとしても、それが結果的に良いことか?どうかは分からないと思います。本を読む時間を別に何かに使った方が良かったかもしれないということはありえると思いますから。

読書感想文はいらないとする意見の中には、読書感想文が強制的という部分もありますが、強制的にやらせて起きるメリットよりも、デメリットの方が大きいのではないか?と思うのです。

ましてや強制的にやらせたところで、子供たちが考えるのはタスクの消化であり、そこから何かを得ようなんて思いません。読書感想文は時間の無駄に終わっている可能性も高いです。

読書感想文は強制的にやらせるからよくない?

読書感想文を書く意味がないという人の多くが、読書感想文がきっかけで本を読むことが嫌いになったことは象徴的です。

そういう人が嫌いになったのは「書く感想が短い。もっといっぱい書け」と言われたこと、あるいはそう思わせる文字数の規定が大きいですね。

ですから、文字数を稼ぐためにあらすじをたくさん書いて、内容のない感想文を書くことになってしまい、それが読書を嫌いにしたようです。

ところが、そういう人が大学に入ってから本を読むのが好きになったというのです。

自分が読みたい本を読むから好きになる、強制されるから読むのが嫌になる。
 
とうぜんですね。

そうすると、読書感想文を書くことに意味がないのではなくて、学校から宿題として書かせるから、好きでないから意味のあることができないということになりますね。

出典読書感想文の意味は?意味ない?でも宿題は出す必要がある! | 人生のあれこれ話 ABCからZZZまで

本読みたくない子供に強制的に読ませる。読書感想文をやりたくない子供に強制的にやらせるという点が読書感想文の問題点と言われています。

そこが読書感想文が意味ないと批判される部分にもなります。読書感想文は旧態依然の教育の中でもはや伝統以外によりどころを見つけるのが難しいと思われますが、それが教育と言ってしまえばそれまででしょうか?

教育は時代の流れに沿うことが難しく、軍国主義自体の名残もあるとされていて、それは明治時代から変わっていないということなのです。

明治時代から変わっていないということはそれだけ時代遅れと言わざるを得ない部分もあるということになりますが、読書感想文に関してもなぜ生まれたのか?は分かりませんが、なんのために必要なのか?という部分がそもそも教育界で問われてきたのか?

そして、合理的な側面から必要性について考えられてきたのか?は謎です。読書感想文に対してやる意味はあるのか?廃止にした方が良いのではないか?という声が大きくなってきたというのもそういった部分に疑問を感じている人が多いからでしょう。

読書感想文が廃止されるということは考えづらいですが、やらない学校は少しずつ増えるかもしれません。今の子供たちが大人になったときには、読書感想文は意味ないと考えて実施しないケースがどんどん増える可能性があり、強制ではなく、自主的に取り組ませるような社会が出来上がっているかもしれないのです。

読書感想文の代行業者やコピペ用の材料に需要が生まれる理由

読書感想文といっても、正直に「面白かった!」とかいう小学生並みの感想一文だけ書いて先生に提出すると通知表に「もう少し頑張りましょう」がつく可能性がある。かと言って、自己犠牲の尊さを語っている部分を指して「なんでこんな馬鹿な真似したんだか今の僕には理解できない」とか書くと呼び出しを喰らう可能性が高い。

出典読書感想文とは (ドクショカンソウブンとは) [単語記事] – ニコニコ大百科

最近では読書感想文の例文がネットに上がっており、それがそのまま丸写しされて提出されることも多い。

古典的な手段として、本の推薦文やあとがき等を写すという手段もある。

どちらもバレたらロクな目に合わないのでやめておこう

出典読書感想文とは (ドクショカンソウブンとは) [単語記事] – ニコニコ大百科

近年は読書感想文を代わりに書いてくれる業者やインターネット上で読書感想文を販売するケースも現れ、世間で話題になりつつ、批判の声もありますが、そういったものが出てくる理由、そういったもので商売をする人が出てくる理由としては、そういった需要が大きいということが挙げられます。

つまり、読書感想文をやる意味がないと思っている、読書感想文に時間を使っているのはもったいないと感じる人たちが増えてきたのです。

読書感想文は必要ないからやる意味はないと考えている人たちの合理的な考えを無視して、批判だけしても何の意味もないのです。こういったところからも読書感想文は意味ないと考える人たちの多さが垣間見えるのです。

読書感想文のやる意味を理解できない人の中で、もっと別の有意義なことに時間を使った方が良いのではないか?と感じている人がそういった代行業者とか、完成された読書感想文を買って提出するということをするのでしょう。

つまり、学校側がまず読書感想文をやる意味を説明して、生徒らを納得させないといけないのです。なんのためにやるのか?分からない状態で、そりゃ読書感想文は意味不明と思われたり、意味ないと感じる人がいるのは当然です。

教師側がタスクとしてやらせるだけで、やる意味なんなのか?ということを理屈で説明させないまま宿題として出すだけならば、頭の良い生徒は代行業者などを利用して時間を効率的に使うということもあります。

逆に素直、別の言い方をすると思考停止してしまう生徒は宿題として出たのだからやらないといけないと感じて取り組むとしても、それが生徒にためになっているのか?は別です。

読書感想文は確かに目的が意味不明なところもあり、現状ではやる意味がないので廃止した方が良いという声が出るのは自然のように感じます。

読書感想文は本それ自体がまず指定されてしまう問題点がある

ところで、読書感想文と言えばやっぱり「課題図書」。

 課題図書については私は詳しく知らないのですが、どうやら「青少年読書感想文全国コンクール」というので毎年小学校低・中・高学年、中学校、高等学校の区分で指定される図書を一般的に課題図書と呼んでいるそうです。今年は小学校で各4冊、中学校・高等学校で各3冊が指定を受けているのですね。紹介はしませんけど。

 世間では子どもの活字離れが問題視され、親が子どもに小さい頃から読書習慣をつけさせることが必要だと言われたり、学校の先生から「最低月に1~2冊は本を読みなさい」と指導されたりしている昨今ですが・・・・・。

出典課題図書なんか読むな|さよならカフカ

(1) 課題図書がとにかく「面白くない」。なぜあんなつまらない本ばかりが指定されるのか、私は子どもの頃からずっと疑問に思っていました。児童図書というのは基本的に売れてもせいぜい数万部の世界なのだそうですが、課題図書に指定されると、日本中の学校図書館や公立図書館にも配備されるし、学校経由で販売することも多いらしく、販売部数も桁違いに伸びるはず。いわば、課題図書に選考されることで、内容の良し悪しに関係なく「ベストセラー」になることが約束されるようなものなのです。なのに、課題図書の選考過程も選考委員もオープンにはされていないそうですね。

出典課題図書なんか読むな|さよならカフカ

(2) そのつまらない課題図書を読んで「読書感想文」を書けと言われたら、子どもたちにとっては本当に災難以外の何物でもないでしょう。しかも、本のあらすじを書いただけなどというのはNG、この本を読んであなたはどう考えたのか、自分の何が変わったのか、自分の考えや意見を書け、と指導されるわけですよね。

 それにしても、元はと言えばほとんど面白くない課題図書、それを読んだ感想ですから、正直に「面白くなかった」・「共感できなかった」・「自分には何の影響もない」などという感想を書くと、宿題としての評価は低いのでしょう。最悪の場合、子どもたちは感動などしていないのに「感動した」、つまらなかったのに「面白かった」などと書くことを余儀なくされるケースも多い。そんな読書体験で、読書が好きになるはずがない。

出典課題図書なんか読むな|さよならカフカ

読書感想文が意味ないと言われる理由は、読む本を指定されてしまうということもあるでしょう。大人ですら読書感想文はいらないと思っているのは、それが課題図書という形で、あらかじめ一定の範囲内で読むべき本を指定されます。

漫画はもちろんNGで小説やエッセイなど、活字を読むことを推奨されるが、漫画がNGというのも読書感想文が意味不明と言われる一因でしょう。

先入観で漫画はよくないと思っている思考停止状態の教育関係者が多いのだろうが、そもそもしたくない読書を強制的にさせられ、読む本も自由に選べない。

そして、書くべき感想もある程度空気を読んで書かないといけない。子供たちがいずれ経験する就職活動の予行演習をさせられている感じです。

演技や茶番で溢れている就活の練習ともなれば、意味はあるのではないか?と思うかもしれないが、その就職自体がどんどん厳しくなる未来予測の中では、就職活動しかできない人間は将来的に危うくなる。

それに空気を読むということは、すでに書いたように有給休暇を取得できないとか、そういった状況に自分自身を追い込むことになり、はっきり言ってマイナスの部分もある。

読書感想文をやる意味って何?なんのためにやる必要性があるの?という疑問を思いつく子供たちの方がよっぽど優秀で、素直に何でも教師の言うことに従う人間の方が、将来的に危うくなるのではないか?

言われたことだけしていればお金を貰える時代が終焉を迎えると予測されている昨今では、旧態依然の教育は、将来的にお金に困る大人を量産する可能性があるということを多くが危惧しないといけないのでしょう。

つまり、読書感想文はそういった面からもいらないと考えられ、もっと実用的な将来的に糧となる経験や知識を積ませる教育をしていく方が得策なのです。

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